【徹底解説】中世のお皿はパンだった!トレンチャーとは

- 2023/6/8 15:00
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中世の食事の様子

西洋の食事というと、お皿を動かしてはいけない、グラスは元の場所に戻す、音を立ててはいけない等、行儀作法に厳しいイメージですね。
また、神への祈りを捧げてから静かに食べるというイメージもあるかと思います。

最近では、ホテルでテーブルマナーをプロに学びながらフルコースを食べるプランがあったり、有名私立中学の入試問題にフレンチのフルコースの順番などが社会常識問題として出題されることから、その対策として小中学生に向けてのテーブルマナー講習も活発に行われています。

photo:中世の食事の様子
photo by: AFLO



ハンプトンコート内ヘンリー8世のキッチン
Catherine de Médicis(カトリーヌ・ド・メディシス)

ヨーロッパのテーブルマナーは、1533年にイタリア・フィレンツェの名家メディチ家のカトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Médicis:1519年-1589年)が、フランスの王家に嫁いだ際、カトリーヌに付き添っていたシェフが、フランス人のテーブルマナーの”がさつさ”に驚き、テーブルマナーの指南書として、カトラリーの使い方などをまとめた「食事作法の50則」を作りました。
これが世界で初となるのテーブルマナー専門書だと言われています。
ヨーロッパ各地で広がったテーブルマナーは、時代と共に変化し、19世紀になり、現代に伝わるテーブルマナーが確立したと言われています。

では、中世はどのようなスタイルで食事をとっていたのか。
ここでは、テーブルマナーが誕生する前の『』についてご紹介します。


食べ物争奪戦の食事

ハンプトンコート内ヘンリー8世のキッチン
Hampton Court Palace HENRY VIII’S KITCHENS(ハンプトンコート宮殿 ヘンリー8世のキッチン)

古代ローマ帝国の時代が終焉を迎えてから、ヨーロッパはまさに戦国の世。
その戦国の世の中であった「中世」では、古代ローマ帝国で使われていた銀食器をはじめとする食器は使用されなくなりました。
ヨーロッパに銀食器が再登場するには、ルネサンスが開花した時代、イギリスでは、チューダー朝の最後の女王「エリザベス1世」の時代になります。

中世では戦争に加えて、大飢饉も発生し、コレラ、天然痘などの感染症が猛威をふるっていました。
感染症、食料不足、そしていつ襲われるか分からない状況の中、食器の上に料理を盛り付けてゆっくりと座って食べる、という暇なんてなかったはずです。
今食べられるものを口の中にめいっぱい詰め込む。
もちろん『手づかみ』で。
中世の食事はそのようなスタイルだったのです。
貴族たちの間では、だれが優雅に美しく『手づかみ』で食べるか競っていたそうですよ。


トレンチャーの誕生

トレンチャーとは
パンをお皿に
photo by: kent_staff


トレンチャー(trencher)とは、中世のヨーロッパで、一般的に使用された食器のことを意味します。

中世のヨーロッパにおいて、王侯貴族、富裕層の食事は、まるごと一頭分の肉を焼き、家の主人が剣で客人の前で肉をさばき、料理を取分けていました。
そこに使用していたのが一人一人の取り皿となるトレンチャーです。
中世の初期は、トレンチャーとして、硬くなった平パンが使われていました。
肉料理から出た肉汁で柔らかくなるため、食べることもできます。
王侯貴族、富裕層は、パンのトレンチャーを食べることは下品だとし、肉汁で浸されたパンは、使用人に分け与えたり、家畜の餌としていました。
それゆえ、トレンチャーは「施し皿」ともよばれたそうです。

トレンチャーが用意できない貧民層は、木の板に直接料理を載せて食べていたようです。

なぜパンがトレンチャーになったのか

中世のパン作り
中世のパン作り

なぜ、硬くなったパンをお皿として使うようになったのでしょうか。

一つは、当時、食器は汚れたものだと考えられていたため、食器を敢えて避けていたようです。
また、当時のヨーロッパでは、穀物以外の栄養源は不足していましたが、パンは安定して手に入ったことが関係します。
それには、「パン」=「イエス・キリストの肉」とされており、キリスト教の布教と共に、パンもヨーロッパ全土に普及しました。
パン職人を育てる制度が整備されるなど、パンはなくてはならない食べ物だったのです。
逆に余ってしまうこともあったようで、食べきれずに余ったパンをトレンチャーとして使用したとも言われています。

トレンチャーはまさにSDGS「食べられる食器」

食べられる食器
食べられる食器
photo by: 丸繁製菓


現在、海洋プラスチックごみ問題、食品廃棄などの問題を解決していくために、エコバッグやマイボトル、マイ箸の持参など、サステナブルなグッズが増えています。
とはいえ、日本のプラスチック廃棄量は世界2位・・・
プラスチック製品の使用を減らすようにと、マイカトラリーとは別に「食べられる食器」を開発する企業が増えています。

パンを使ったトレンチャー。
SDGSの観点から、食べられるお皿として、『現代』でも復活するかもしれませんね。


【簡単解説】チューダー朝 歴代の王と女王の生涯

チューダー朝の歴史
ウォバーン・アビー(Woburn Abbey)
photo by: kentstore


室町幕府の後継者争いに端を発した1467年の「応仁の乱」から、1603年に徳川家康が江戸幕府を開くまでの戦国時代。
同時期、イギリスでは、王位継承争いに勝利したチューダー家による『チューダー朝』(1485年~1603年)の時代を迎えていました。
『チューダー朝』は、イギリス絶対王政の全盛期であり、小さな国からヨーロッパの大国へと成長した時代でもありました。
チューダー朝の誕生から終焉まで、歴代の王と女王の生涯についてのブログ記事はこちらをご覧ください。 分かりやすく簡潔にご紹介していますよ。





【徹底解説】チューダー様式 建築物と家具の特徴

アフタヌーンティーの聖地 ウォバーン アビー
ウォバーン・アビー(Woburn Abbey)
photo by: kentstore


チューダー朝の時代に存在したデザインは、『チューダー様式』と呼ばれ、それまでのゴシック様式、イタリアのルネサンス様式の影響を受け、イギリス独自のスタイルで発展させていきました。
『チューダー様式』の建築物と家具のデザインについてはこちらのブログ記事を覧ください。




イギリスの歴史を紐解く食の旅「チューダー朝ブレッド」

ダンレパード氏とケントデリのセミナーチューダー朝ブレッド
イギリスの歴史を紐解く食の旅
photo by: kentstore


英国で人気を集め、TVや執筆でも活躍するパティシエ・ブーランジェ/ペストリー&ベイカーシェフのダン・レパード氏。
2023年6月11日、英国の食の文化史の研究家でもあるダン・レパード氏による『チューダー朝のパン』についてのワークショップ&セミナーが開催されました。
ハンプトンコート宮殿で食べられていたマンチェットをはじめ、当時のパンを再現。
イギリスでレストランなどのコンサルティングを請け負うダン氏がセレクトした小麦などの材料を使って、レストランやカフェ、ベーカリーを経営されているプロの方も、パンのバリエーションを増やすために非常に役立つ技術をご紹介してくださいました。

イギリスの歴史を紐解く食の旅「チューダー朝ブレッド」のセミナーレポートはこちらのブログ記事をご覧ください。




 

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